今回、「錯覚商法」という言葉を使ってみる。
これは「あなたの原稿を本にしませんか」というコピーを使って、大々的に広告している「共・協出版」に「錯覚」を感じるからである。
そこには2つの「錯覚」が存在すると思う。
錯覚その1
「共同」とか「協力」という言葉は、読む側からみれば(著者)、出版社が著者に経済的な援助をしてくれるという錯覚を起こさせる要素が多分に含まれている。
実際に、以前は「協力出版」という言葉の後に「(著者と文芸社が協力して費用負担)」と明記されていた。つまり、一般的には協力とか、共同という言葉は自費出版を希望する著者にとって極めて魅力的であり、著者が自分に著者が自分に有利なように錯覚してしまう要素が強い。
(不思議なことに、私と文芸社のトラブル以後は紙面からこの言葉は消えたようだ)
これを「自費出版をしませんか」という言葉に置き換えてみれば、実にマーケティング戦略に長けた呼びかけになっていることがわかる。
この錯覚狙った商売は出版に限ったことではないので、おそらく法律的な問題にはなりにくいものなのであろう。しか
し「共同」とか「協力」とかいう言葉を使用する以上、出版社としては、自費出版とどこがどのように違うのか、という説明責任があると、私は常に言い続けている。
「協力出版」「共同出版」と宣伝している出版社は、なにを協力(共同)し、自費出版とどこがどれだけ違うのか、この際明確に発言してゆく責任がある。
錯覚その2
「あなたの本もベストセラーに」という広告コピーもあった。
素人の原稿を本にして書籍流通させると、著作はベストセラーになり、「作家」はバラ色の印税生活をで余生を送ることにある、などという夢を持たせるにも、「錯覚」であろう。
自費出版した本を書店で売るということがどういうことであり、どんなリスクをともない、「売る」という行為がいかに困難かということを、正確な情報をもって著者に知らせなければならない。それが書店流通させる自費出版を扱っている出版社の良心であり、マナーである。
この良心とマナーが多量の出版点数や新聞その他の媒体による広告の陰に隠れてしまい、果てはマスコミが「企画出版と自費出版の中間にある出版形態」などと持ち上げ、出版ブーム(※)と煽ったことにより、実態が消費者に見えづらくなった。この責任は重い。ホリエモンを時代の寵児と持ち上げ煽ったことと同じようなものだ。
今まで、まるで通常の自費出版と異なるような記事や広告を掲載してきた各新聞も、碧天舎倒産の報道では、今さらのごとく、「自費出版業界、最大手新風舎、二番手文芸社に次ぐ、業界三位の碧天舎…」などと取り上げ、まっとうな自費出版の業界と同視することは、社会に誤解を招く大きな問題だと思う。
※「今、自費出版がブーム」新聞各紙は何年にも渡り一年に一度以上はこのフレーズを使っているのではないだろうか。
新しい「商法」が発表される度に記事広告のような内容が紙面を飾る。社会の公器たる新聞の信頼が、「誤解」の裏付けとなっていないか。心配されることである。
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