まず、以下のリンク先にある記事を読んでいただきたい。
編集者の仕事:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A8%E9%9B%86%E8%80%85
自費出版における編集者とは、いわゆる一般の出版社と異なり、企画・立案の部分が少ないか、全くない、といえる。
その点において、いくつかの自費出版各社が設ける「○○賞」が、その部分を担っているように思えなくもない。しかし、「○○賞」の多くは明確な「テーマ」がない単なる「原稿募集」であり、編集者の「企画」とは言えまい。
『「編集プロデューサー」という肩書きのすごい美人が、目のやり場に困る服を着て…説得に来た』と以前に揚げた東京新聞の記事にあった。「編集プロデューサー」という言葉が使われているが、通常、編集者の役割の中には、プロデューサー的な要素が、当然のこととして含まれていたと思う。
「ウィキペディア」にあるように、編集者は原稿を本にするまでの多くの行程を立案し、指示するものである。
編集者が、文章構成や校正などの、原稿の編集だけの意味でとらえられる場合も多いので、誤解のないように、あえて使う場合も近年多いと思う。
しかしながら、臼井氏のコメントにあるような現状があるならば、記事中のプロデューサー女史の仕事はなんなのだろう。推測すると、いわゆる「営業」なのではないだろうか。
基本的に出版社で営業というのは、書籍・雑誌を売るための取次店や書店に対する営業と、雑誌に掲載する広告主を募る営業しかいないものだ。
著者としても、お金を払ってもらえればあなたの原稿を本にしますよ、と営業マンが訪ねてきたとすれば、ろくに話も聞かないのではなかろうか。「編集プロデューサー」なる肩書きは、出版社の営業テクニックの一環ととらえるべきなのであろうか。
出版社と著者の間に横たわる「錯覚」が、こういった出版と営業の方法の肝要なのだとすれば、錯覚を悪用した商法とも考えることができる。
次回は「錯覚商法」について考えてみよう。
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