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「読売ウィークリー」に老師のコメント掲載中

「読売ウィークリー」8月13日号から4回連載の『危うい団塊ビジネス①版元破産で消えた「自分史出版」の夢』という特集記事に、老師こと渡辺勝利のコメントが大きく扱われております。

現在、発売中の「読売ウィークリー」8月20日~27日合併号の連載第2回目・『危うい団塊ビジネス②自費出版を成功させるには』にも登場。
長く業界を、著者を見てきたゆえのコメントはどなたのご参考にもなると思います。ご覧ください。

記事全体としては、少し注意も必要かと思われますが、おいおい語ってゆきましょう。

書店に陳列するということ 出版ニュース誌・長岡義幸氏の記事から

出版ニュースという雑誌がある。その7月上旬号の「ブック・ストリート」というページに、『「碧天舎」の売掛金から見えてきたこと』と題する記事が載っていた。筆者は出版業界に詳しい記者・長岡義幸氏。
倒産した「共同・協力系出版」社・碧天舎の債権者集会の時に配られた資料が基になっており、負債の内訳から、碧天舎の経営の問題点を浮き彫りにしている。

『碧天舎は、売り方の面で「協力・共同系出版」の一部にみられる独特のしくみを取り入れていた。全国にある特約店300書店に2ヶ月間陳列し、売れ残りは碧天舎の販売代行会社が全品を定価で購入するかたちだ。協力・共同系出版の某社は特約店に1ヶ月陳列し、双璧となる某社は棚買いはしていないといわれている。』
『碧天舎は、少なくとも流通との関係では「良心的」な売り方をしていたといっていいのかもしれない。だが、これがあだになった。関係者の話では、出荷した本のほぼ8割を買い戻していたという。負債となった買掛金のなかには、書店からの買い取り費用も含まれているはず。』
『そもそも、協力・共同系出版は自費出版と異なり、書店販売を最大の売りにしていたのではないか。にもかかわらず、書店で売れているのが、これほどまでに少ないことをお客は理解していたのだろうかしかし、「本が出ればそれでよし」と思っていたかのようなお客の側にも、問題がある。それなら、自費出版という選択肢もあるのだから。』

私流に解説すれば、「書店販売」とは、素人の本が書店へも流通し、棚に並べてあることを見せるためだけのものであり、協力・共同出版の業者は、制作費で利益を上げ、本の売り上げでは利益を上げなくてもよい仕組みになっている。
そこで各社は、出版する著者をどう増やしていくかに知恵を絞る。書店へ本を並べることは「撒き餌」のようなものである。

つまり、本が書店で売れようが売れまいが本来は経営には関係ない。だからこそ書店で売れ残った本を定価で買い上げるという、我々の発想も及ばないシステムを採用したのだ。

大新聞への広告と、書店の棚に並べるという事実がセットで共同・協力出版の信用を成り立たせている。その場合、出版の受注が引きも切らずあれば、めでたしめでたしであるが、自費出版のユーザーはそんなに広くない。パイはほとんど食べ尽くしてしまった。

ネット上でも、様々な問題点が指摘されている昨今、協力・共同系出版として新聞などで広告をしている各社はこれからどうするのだろうか。

また、著者はこれらの形態での出版に、まだ期待を寄せているのであろうか?

どこへ行った「協力」出版 その2

6月22日付の『新文化』に掲載された「文芸社」が「著作者保護制度」を導入するという記事についての考察を続けてみよう。

「著作者保護制度」そのものについては、なにも問題はない。強いていうならば、文芸社・広報部が述べている「……関連会社の不動産事業などが当社を支えてきた面もあるのはたしかだが、一点の単行本ごとにきちんと収益を得ていかないと続かない。……」という部分で、不動産事業が(自費出版事業を)支えてきたことを、認め、また、「一点の単行本ごとに収益を得ていかないと続かない」と、まるで現在収益が上がっていないので、今後は収益を得なくてはならないというようにもとれる書き方になっている点。

広報部が、実際そう言ったかは不明だが、記事の通りだとすれば、文芸社も碧天舎と同じ悩みを抱えていることになる。

そのうえ、制作が終了しないと一切のお金が入ってこないシステムを作り、信頼度アップを図るというのだから、またまた不動産事業に支えてもらわなくてはならないのかも知れない。

わたしが気になったのは、見出しに「協力出版」ではなく、「自費出版」とあること。

もっとも、わたしは以前から、著者が費用負担するのだから、あくまでも「自費出版」だ、と言い続けたものであるから、読者の誤解を防ぐ意味でも、この「自費出版」という表記を歓迎するのであるが。


これらのことを鑑みて、末尾の『文芸社の自費出版事業を「本を出したい人からお金を巻き上げる商法」と呼ぶ人は今も多く…』という一文を読んでみると、「巻き上げた」お金はどこに行ってしまったのか、などと考えてしまう結びである。


読み直してみる。
そこに見えてくるのは、自らが、信頼下落の危機を招き、自らで、その危機回避の努力を行う、いわゆる「三大新興自費出版業者」の姿である

以前から著者や読者に誤解をされない方法で、まっとうに自費出版を続けてきた出版社にとっては、信頼の下落などを心配する必要はないのであるが、マスコミは、業界全体を、いや、出版文化というものを、広い視野で俯瞰し、啓蒙に勤しんでもらいたいものである。

どこへ行った「協力」出版 その1

6月22日付の『新文化』(書店や出版の業界紙)に、「文芸社」が自費出版の著者からのために「著作者保護制度」を導入するとの記事が掲載されていた。

簡単に言えば、自費出版を依頼した著者が入金したお金を、銀行に信託預金しておき、本が出版されるなど、契約が履行された時点で文芸社へ渡る。というシステムらしい。

そのため、会社になんらかの経営上のトラブルが起きたとしても、著者に金銭的損害がない。
消費者保護の観点からすると、歓迎すべき制度だと思われる。

碧天舎騒動により、自費出版に関する信用が下落していることがその背景にある。
文芸社も「碧天舎騒動」がこの制度の契機になったと明言しているという。

しかし、そもそも「自費出版の信用下落」は、彼ら「新・自費出版」を唱えていた新興の自費出版専門出版社によって引き起こされたものではなかったか?

「碧天舎騒動」の際、碧天舎関係者は「競合他社とのダンピング競争により、利益の確保が難しくなった」とコメントしている。
同記事でも、そのことに言及しており、文芸社は「四六判・200頁・1000冊で120万円の契約が多い」という具体的な数字を挙げ、ダンピングはなかったというスタンスをとっている。(この金額自体、わたしから見れば、あまりにも安い。さすが大手!というしかない)

また、同記事には、(碧天舎が系列会社からの融資でやりくりしていたように)文芸社も、関連会社の不動産会社に経営的に支えられていたことが指摘されている。

記事に書かれた注目すべき点は、大手と呼ばれる同社のような自費出版の会社も、碧天舎と同じ危険性をはらんでいることを暗に認めたことである。が、より考えなくてはならないことは、記事に書かれていない、「出版する本の質」である。

面白いことにこの記事の最後には『文芸社の自費出版事業を「本を出したい人からお金を巻き上げる商法」と呼ぶ人は今も多く…』という一文も記されている。


全体を通して繰り返し読むと、この記事の言わんとしていることが、よくわからなくなる(笑)。

次回は、このわからない記事とそこにつけられた見出しについて、考えてみようと思う。

自費出版をなめるな!

一口に自費出版と言っても、詩集、句集、小説、研究書、ビジネス書、医学書、専門書、自分史等々、まったく百花繚乱である。

そのなかに書店へ流通したいという原稿があれば、出版社としては、書店で商品になりうるものか、内容はもちろん、タイトル、装幀、定価設定… あらゆる面から研究してゆかなくてはならない。著者も、出版社も、「商品となりうる本か」が重要なポイントである。
自費出版であるかどうかはまったく問題ではない。

つまり、読者にとっても、書店にとっても、本は本でしかないということ、つまりは、読者がお金を払っても読みたくなる本であるか、書店がお客様にすすめられる本かどうかということしかないのである。

出版人といわれる方々が「自費出版は流通すべきでない」などとピントはずれのコメントをしているのを見かけるが、たまたま出版した本が自費出版であっただけの話であり、内容そのものは関係がない。

そんな点で自費出版を見ていたら、宮沢賢治や谷崎潤一郎、新しくはレモンちゃんこと落合恵子さんらに対して申し訳ないだろう。

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